どら報

中日ドラゴンズを中心とした、野球に関するまとめサイトです。

引退試合

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック


1 ひかり ★ :2025/10/01(水) 17:29:56.05 ID:FZrjnjjn9
 ロッテは1日、前日に引退登板に臨んだ美馬学投手について、都内の病院で診察を行った結果、右肘屈筋共同腱断裂と診断されたと発表した。今後は手術を行い、完治を目指す方針という。

美馬のコメントは以下。

「昨日の3球目で肘の感覚がなくなりました。文字通り、本当に最後の最後までやり切って、投げられなくなるまで投げたと思います。あらためて15年間ありがとうございました」

 美馬は前日の楽天戦に打者1人限定で先発。楽天も最後の相手として1番に浅村を起用した。2球で追い込んだ後の3球目以降は内角に抜け、最後の5、6球目は背後を通過。6球目の123キロを浅村が空振りし三振で15年のプロ生活に終止符を打った。

 試合後、「いや、3球目で肘が飛んでしまって、アサ(浅村)に迷惑かけてしまったんで、申し訳なかったなと思います。本当に最後、限界だったのかなと思うんで、そこまでできたのが本当に幸せだったかなと思います」と明かしていた。引退理由にもなった、6度手術した右肘が最後の最後で痛みを訴えた。

デイリー

https://news.yahoo.co.jp/articles/3b9eac26b89795b68e2e0772605281c1ebad9bcd


(出典 img.topics.smt.news.goo.ne.jp)

【【悲報】ロッテ・美馬学 引退試合で右肘腱断裂の大けが!】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

◇20日 中日3―0ヤクルト(バンテリンドームナゴヤ)

 中日の祖父江大輔(38)、岡田俊哉(33)両投手が20日、本拠地・バンテリンドームナゴヤでのヤクルト戦で現役最後の登板に臨んだ。岡田は先発で村上から見逃し三振、祖父江は8回に3番手で中村悠に中前打を許し、ともに打者1人で交代した。長くドラゴンズの救援陣を支えた2人は試合後に引退セレモニーに臨み、万雷の拍手を浴びながら祖父江が12年、岡田が16年の現役生活を終えた。試合は中日が3―0で勝ち、岡田の後を受けて登板した高橋宏斗投手(23)が6イニング2/3を3安打無失点、9奪三振の力投で7勝目を挙げた。

 笑いがあふれる異色のセレモニーだった。12年のプロ野球生活を締めくくる祖父江の引退スピーチ。「あしたから仲間と野球ができないと思うとすごく悲しいけど、眼光ビームを卒業できると思うとホッとしています」。そう話しながら代名詞の鋭い目つきを披露し、竜党から歓声を浴びた。

 引退登板では3―0の8回の頭から登板。スタンドが「33」の白色のボードで染まる中、3球目に投じたスライダーを中村悠に中前へ運ばれた。「きょうは三振を取るぞと意気込んでたんですけど、まさかのセンター前。井上監督から『おまえらしいな』と言われました。自分らしさが分かりません!」とスタンドの笑いを誘った。

 最後の胴上げでは先に岡田が宙を舞い、その後に祖父江の番…かと思いきや、輪がほどけるとベンチの方へ引き揚げる選手たち。あわてて祖父江はツッコミを入れながら呼び止め、マウンド付近で大の字になって寝転がる“セルフ胴上げ”で三たびドームを盛り上げた。

no title

https://www.chunichi.co.jp/article/1136332

【祖父江大輔、ドラゴンズ愛あふれる異色の引退セレモニー!胴上げスルーされ寝そべる!】の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

◇20日 中日3―0ヤクルト(バンテリンドームナゴヤ)

 中日の祖父江大輔(38)、岡田俊哉(33)両投手が20日、本拠地・バンテリンドームナゴヤでのヤクルト戦で現役最後の登板に臨んだ。岡田は先発で村上から見逃し三振、祖父江は8回に3番手で中村悠に中前打を許し、ともに打者1人で交代した。長くドラゴンズの救援陣を支えた2人は試合後に引退セレモニーに臨み、万雷の拍手を浴びながら祖父江が12年、岡田が16年の現役生活を終えた。試合は中日が3―0で勝ち、岡田の後を受けて登板した高橋宏斗投手(23)が6イニング2/3を3安打無失点、9奪三振の力投で7勝目を挙げた。

 糸を引くような岡田らしいストレートで締めくくった。カウント2―2から144キロ直球がストライクゾーンに吸い込まれる。1回。先頭の村上のバットは動かない。日本一のバッターを見逃し三振に仕留め、16年間の野球人生は幕を閉じた。

 「まずは村上君が1番打者ってことに驚きました。ストライクを投げられるように頑張ろうと。最後良い形で終われて良かったです」。井上監督がマウンドに向かい、交代が告げられると、割れんばかりの声援が飛んだ。四方に頭を下げ、ベンチに戻り、チームメートに迎えられると、涙があふれ出た。

 「やっぱりここに戻ってくるのを目標にやっていて、こうして最後に投げられて込み上げてくるものがありました」

 甲子園に4度出場し、ドラフト1位でドラゴンズ入り。中継ぎとして活躍すると、2017年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも出場した。一方で血行障害に悩まされることもあれば、右大腿(だいたい)骨骨折という大けがを負うこともあった。「良いことも、苦しいこともありました。全てよみがえってきました」。山あり谷ありの野球人生をしっかりと最後までやり遂げた。

no title

https://www.chunichi.co.jp/article/1136338

【岡田俊哉、 山あり谷あり16年の野球人生、最後は村上宗隆から三振を奪う!!】の続きを読む

このページのトップヘ