どら報

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読売ジャイアンツ

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1 ニーニーφ ★ :2026/01/23(金) 18:36:20.89 ID:J/GRDzUL9
 巨人は23日、楽天からFA補強した則本昂大投手の人的補償として田中千晴投手が楽天に移籍すると発表した。

 田中千晴コメント

「ジャイアンツでの3年間は、たくさんの学びと経験を得ることができた大切な時間でした。支えてくださったすべての方々に、心から感謝しています。イーグルスでは、これまで以上に成長した姿をお見せできるよう、前向きな気持ちで挑戦していきます。これからも応援していただけたら嬉しいです」

 阿部慎之助監督のコメント

「ジャイアンツでの経験を生かして、新天地でもチームのために力を発揮してくれることを期待しています」


(出典 news-pctr.c.yimg.jp)

https://hochi.news/articles/20260123-OHT1T51224.html

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1 それでも動く名無し :2026/01/19(月) 15:54:46.67 ID:7avVzqL60
うっかり告白…巨人移籍の松本剛に「重大ルール違反疑惑」が浮上した阿部慎之助監督が「呼びかけた日付」

「FA権の行使を決めた一番の理由は、何だったのでしょうか」
 率直な質問に対し、こんな答えを返す。
「成績が良くなかったからこそ、評価を聞いてみたいと思った」
「週刊ベースボールONLINE」で語られたのは、松本剛が日本ハムから巨人へと移籍を決断するまでの経緯だった。その流れで松本の口から明かされたのは、阿部慎之助監督とのやり取りだ。
「まだ秋季キャンプ中だったと思うんですけど『力を貸してほしい』と言っていただきました」
 巨人から真っ先に声をかけてもらったことが、大きなモチベーションになったというのだ。

 お気づきだろうか。ここに大問題になりそうなものが含まれていることを。それは阿部監督が松本に呼びかけた「時期」である。
 日本ハムの秋季キャンプは昨年10月29日から11月11日まで行われた。その最終日の11日、球団は松本が国内FA権を行使したと発表。翌12日にFA宣言選手として公示され、13日から全ての球団と交渉できるようになった。

 NPBのFA制度では、FA権行使の意思表示があっただけでは交渉はできず、コミッショナーによる公示を経て、その翌日から初めて他球団との正式な交渉が認められる。公示前の段階で獲得を前提とした働きかけがあれば、いわゆる「タンパリング」、つまり保留権侵害を疑われる余地が生じるのだ。

 松本は「まだ秋季キャンプ中だったと思う」と時期を断定してはいないが、秋季キャンプの日程とFA公示日を重ね合わせると、公示前を指していることは明らかだ。
 ただし、である。松本の言う「まだ秋季キャンプ」が、日本ハムではなく巨人のキャンプを指している場合はどうか。巨人の秋季キャンプは11月13日まで実施された。となればギリギリ…。

 もっとも、「力を貸してほしい」という表現だけでは「ウチに来てくれ」とする「交渉」だったとまで断言することはできないが、インタビューはFA宣言と移籍にまつわるエピソードとして語られている。やはりこれは…と思わざるをえないのだ。
 なんともモヤモヤしたインタビュー。この「疑惑」の真相が語られることはあるのか。


(出典 full-count.jp)

https://www.asagei.com/excerpt/346092

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1 それでも動く名無し :2026/01/18(日) 11:48:22.26 ID:XoendflY0
https://news.yahoo.co.jp/articles/eac80cdc90f6f7fb8a1093bd35ac19ceb2e73823

韓国メディア『中央日報』とのインタビューで李氏は、「巨人というチームでコーチを務めることは、自分にとっても大きな名誉だ。来季は阿部監督を支え、チームが良い結果を出せるよう集中したい」と抱負を語っている。

 選手としては輝かしい実績を残した一方で、指導者としての歩みは決して平坦ではなかった。

 2023年、韓国プロ野球・KBOの斗山ベアーズ監督に就任したものの、相次ぐ故障者や戦力不足の影響もあり、チームを理想的な形で率いることはできなかった。斗山は2年連続でワイルドカード敗退に終わり、李氏は昨年6月、自ら辞任を決断している。

 退任後の約半年間を、李氏は「自省の時間」と表現した。『中央日報』によると、この期間は外部との接触を控えながら、自身と向き合い、斗山での経験や指導者としての在り方について静かに考える時間を過ごしていたという。李氏はこの時間を「非常に大きな経験だった」と振り返っている。

 現役時代から「自分には厳しく、他人には寛容に」という信条を持っていた李氏は、監督時代もその姿勢を貫こうとしていた。「選手は思い切りプレーすればいい。責任はすべて監督である自分が負う」という考えだったという。しかし現在は、「選手と監督では、求められる原則が違うことに気づいた」と語る。「人を信じすぎていた部分があり、もっと厳しく、もっと声を上げる必要があった」と率直に明かした。


(出典 static.chunichi.co.jp)

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