どら報

中日ドラゴンズを中心とした、野球に関するまとめサイトです。

中島宏之

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1 それでも動く名無し :2025/03/27(木) 19:31:33.80 ID:2ySGD/O+0
1(中)AA級の試合でバント処理で左手骨折(2014年)
2(左)打率が.300に乗ったタイミングで退く(2007年)
3(二)幼馴染のオリ山崎と一緒に報徳学園を受験するが不合格 山崎は合格(1997年)
4(遊)中島宏之に改名(2015年)
5(三)メジャー挑戦を発表、ファンフェスで挨拶・盛大に胴上げ→結局残留(2011年)
6(右)角中との首位打者争いにて「抜いたろかな。おもろなってくるやん。」→残りすべて凡退(2012年)
7(一)モデルの相沢紗世と極秘交際。出産しちゃったため入籍。(2015年)
8(指)過去に「しょーもない球団」と言い放ったオリックスに入団(2014年)
9(捕)前年優勝争いしたのに中島が入った年に最下位になり「思ってたチームと違う」と発言(2015年)
*(投)京セラドームで練習中に工事現場から鉄パイプが落下。跳ね返って当たる。(2017年)

中継ぎ 1イニング2盗塁死(2012年)
中継ぎ 乱闘前に自軍ベンチをチラ見(2011年)※諸説あり
抑え 生まれるとき右肩が母体内で引っかかる。(1982年)

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1 冬月記者 ★ :2025/03/27(木) 01:58:38.83 ID:cEjd9ugi9
https://news.yahoo.co.jp/articles/7795becdd879b41a0825b20d33b9e514289c6ef3

中島宏之が引退決断 通算1928安打、WBCで世界一に貢献 現役続行へ自主トレに励むも…


 西武、オリックスなどで通算1928安打を積み上げ、昨季限りで中日を戦力外になっていた中島宏之内野手(42)が、現役引退を決断したことが26日、分かった。近日中に発表される見込み。

 巨人を自由契約になって中日に入団した昨季は、死球によるケガの影響もあって15試合の出場に終わった。

 構想外となった昨年9月には「体のどこが痛いとかはない。まだやりたい」と現役続行を希望。今年1月も淡路島で自主トレに励むなどNPBでのプレーを望んだが、声はかからなかった。

 中島は伊丹北(兵庫)から00年ドラフト5位で西武に入団。04年に遊撃のレギュラーに定着した。

 09年は開幕前に侍ジャパンの一員としてWBCに出場して世界一に貢献し、シーズンでも173安打で最多安打に輝くなど球界を代表する選手に成長した。

 12年オフには海外FA権を行使して大リーグに挑戦。アスレチックスに所属した13、14年の2年間でメジャー出場を果たせず、日本球界に復帰した15年からはオリックス、19年からは巨人でプレーした。

 ベテランになってからは2軍調整が続いても若手へ助言を送るなど、兄貴分として後輩から慕われた。

 「1軍から呼ばれるタイミングは兼ね合いもあるから自分では決められない。だから、いつ声がかかってもいいようにやるだけ」と2軍戦では走者がいない場面でも、得点圏を想定して打席に立っていた。

 通算2000安打に72本届かず、通算成績は1948試合の出場で打率.292、209本塁打、995打点。一時代を築いた右の強打者が、ユニホームを脱ぐ。

 ◇中島 宏之(なかじま・ひろゆき)1982年(昭57)7月31日生まれ、兵庫県出身の42歳。伊丹北から00年ドラフト5位で西武入団。08、09年に最高出塁率、09年に最多安打を獲得。ベストナイン4度、ゴールデングラブ3度。13年から2年間アスレチックスに所属してメジャー出場なし。15年にオリックスで日本に復帰し、19年から巨人。昨季は中日でプレーし、オフに自由契約。1メートル80、90キロ。右投げ右打ち。


(出典 portal.st-img.jp)

【【悲報】西武、中日などで通算1928安打の中島宏之が引退決断! 】の続きを読む

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1 Ailuropoda melanoleuca ★ :2025/02/25(火) 15:08:12.38 ID:mRPPZQxA9
古巣は新体制で獲得見送りか

通算2000安打まで残り72本に迫っている元中日の中島裕之内野手(42、登録名は中島宏之)が、近日中にも現役を引退する意向を固めつつあることがわかった。中島は伊丹北高から2000年にドラフト5位で西武入りし、プロ野球人生をスタートさせた。

「ドラフトでは他球団は完全にノーマークで、西武の優秀なスカウトが公立高校でくすぶっていた中島を掘り当ててプロ入りさせました。入団後は米メジャリーグへと旅立った正遊撃手の松井稼頭央氏(49)の後釜として当時の土井正博コーチ(81)に厳しい練習を課せられながらもレギュラー選手へと成長しました」(西武球団OB)

端正なルックスに加えて最高出塁率2回、最多安打1回と3度のゴールデン・グラブ賞に輝くなど西武の一時代を築いた中島は、2012年オフに海外FA権利を取得して行使。2シーズンにわたりメジャリーグに挑戦したが振るわずに2014年12月に地元球団のオリックスへと入団した。

「オリックスで4年、その後はWBCでともに戦った原辰徳氏(66)に呼ばれて巨人入り。このころには主に代打起用が増えて故障も目立ってきた。巨人には5年間在籍し、2023年には戦力外を受け入れたが、立浪和義前監督(55)率いる中日が、現場の強い希望もあって獲得を決断しました。しかし、1軍出場15試合でノーヒットに終わり、昨オフに再びクビに。本人はあくまでNPB球団への移籍にこだわりオフのトレーニングを継続していましたが周囲には『もう厳しいかも』とこぼしていたと聞いています」(オリックス球団OB)

1月には有料の野球教室に講師として参加、インスタグラムも開設してファンの間では第二の人生を見据えた行動と噂されていたが……。

「有力移籍先の一つだった西武はフロント、現場ともに新体制が発足したことで、『昨年最下位のチーム状況でベテランを獲得する余裕はない』と判断。引退発表後の一日契約くらいはあるかもしれませんが、〝西武復帰プラン〟は完全に立ち消えてしまった。

まもなく終了する春季キャンプでも12球団からテスト生でお呼びがかかることなく、ユニフォームを脱ぐことを決断したようです。現在はスポーツ紙で過去に選手の移籍などを手引きした実績もあるベテラン記者と懇意にしており引退発表のタイミングを計っている。キャンプ打ち上げ、侍ジャパンの行事などに被らない日を探っています」(スポーツ紙デスク)

この件について中島本人に質したが、期日中に回答は得られなかった。

名球会入りはかなわずユニフォームを脱ぐことが濃厚な中島。次は持ち前の明るさと卓越した技術を次世代の後輩たちに継承してほしい。

https://friday.kodansha.co.jp/article/415094


(出典 nishispo-static.nishinippon.co.jp)

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