どら報

中日ドラゴンズを中心とした、野球に関するまとめサイトです。

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1 ひかり ★ :2024/11/08(金) 11:40:24.62 ID:VB9Rltc/9
 ソフトバンクの石川柊太投手(32)が8日、今季取得した国内フリーエージェント(FA)権の行使を表明した。

 申請書類を提出後、みずほペイペイドーム福岡で取材に応じ、「自分が野球界でどう評価されているか、こういう機会はないので聞いてみたい」と語った。ソフトバンクは既に契約条件を提示している。

 東京・総合工科高、創価大を経て、2014年に育成ドラフト1位でソフトバンク入り。16年に支配下選手登録され、20年に11勝で最多勝、勝率1位の2冠に輝いた。23年は無安打無得点試合(ノーヒットノーラン)を達成。今季は15試合に登板し7勝2敗、防御率2.56の成績だった。通算56勝41敗、防御率3.32。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8c15a57cd6a5ed761946b06fd3847512e045221c


(出典 www.nishinippon.co.jp)

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1 征夷大将軍 ★ :2024/11/07(木) 15:32:53.95 ID:1Lz7fLIG9
歴史人2024.11.07
https://www.rekishijin.com/39713

11月9日、10日に予定されている東京六大学野球2024秋季リーグ戦の「早慶戦」。この早慶戦の歴史は古く、初回は明治時代まで遡る。早稲田のほうから野球の先輩である慶應大学野球部に丁寧に依頼をして始まったというが、決着はどのようなものだったのだろうか?

■早慶戦はいつから始まったのか?
「ライバル」という一言でまとめるには、あまりに早稲田大学と慶応大学の関係は複雑でした。たしかに明治時代から数えて100年以上もの間、春と秋の年2回、両校は野球というスポーツを通じて雌雄を決しています。

 しかし、明治36年(1906年)の秋、慶應義塾野球部の合宿所に届いたのは、通説のように早稲田からの「挑戦状」ではなく、丁寧な依頼書でした。

 それは「拝啓」で礼儀正しくはじまり、「弊部(=早大野球部)依然として不振」で、「選手皆幼稚」なので、野球の先輩である慶大野球部の「御教示にあずかり」たいとさえ書かれた手紙でした。

■「野球(やきゅう)」と名付けたのは正岡子規ではない?
 アメリカ人教師の手で、日本にベースボールが紹介されたのが、明治5年(1872年)か、その翌年頃だといわれます。慶応大が野球を始めたのは、明治17年(1884年)でした。

 また、「野球」という訳語が生まれたのは、明治22年(1889年)の喀血まで、「一高(現在の東大)」で熱心な野球青年だった正岡子規の翻訳だとよく語られるのですが、これについては史実と違うようですね。

 正確には明治23年(1890年)、雅号(ペンネーム)として「野球(の・ぼーる)」を使ったのが野球選手引退後の正岡子規。これは子規の幼名のひとつが、升(のぼる)だったことにちなんでいます。それから約4年後、「野球(やきゅう)」をベースボールの和名として最初に使ったのが、明治の教育者として知られる中馬庚(ちゅうまん・かなえ)という人物でした。

 ともかく、早大野球部が、野球の先輩である慶大に頼み、練習試合を取り付けた明治36年(1906年)にはすでに「野球」の語句が定着していたことがわかります。

■第1回「早慶戦」の結果は…?
 歴史初の早慶戦は、早大野球部員たちが現在の新宿区・早稲田から現在の港区・三田に新設されたばかりの網町グラウンドまで、徒歩でたどり着くところからはじまりまったそうです。しかも選手が履いているのは靴ではなく、下駄でした。すでに都内に市電は走っていましたが、早稲田と慶応を結ぶ路線はまだありませんでした。

 注目すべきは、ただの練習試合なのに、試合開始前から3000人もの観客が押し寄せたという事実です。当日の試合も観客を湧かせるのに充分な熱戦でした。早大野球部が意外な善戦を見せ、7回には8-7で「先輩」慶大をリードする場面さえあったのです。

 しかし、慶応が8回で4点入れて華麗に逆転。9回で早稲田は1点しか返すことができず、早稲田と慶応の初対決は9-11で、慶応野球部の勝利に終わりました。そして、その後の懇親パーティで、「これからは春と秋の年2回、早稲田と慶応の野球部が両校のグラウンドを交互に使って試合をしよう」という約束が結ばれています。

 翌日の「時事新報」は「慶應義塾対早稲田大学野球試合」として、「早慶」ではなく、「慶早」の順で試合を振り返りましたが、これが現在にまでつづく早慶戦の歴史のはじまりだったのです。


(出典 full-count.jp)

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1 ネギうどん ★ :2024/11/07(木) 10:47:10.25 ID:1L9In3Jy9
 26年ぶりに日本一に輝いた横浜DeNAベイスターズ。横浜・関内駅近くの横浜スタジアムで福岡ソフトバンクホークスとの試合が行われた2024年11月3日、横浜駅近くを流れる帷子川にDeNAファンとみられる男性が飛び込む動画がSNSで拡散した。

 阪神タイガースが23年に優勝した時も大阪・道頓堀に飛び込む人々が話題になった。今回のDeNAの優勝では、帷子川に何人が飛びこんだのだろうか。阪神優勝では川の水質も問題になった。今回はどうなのか。

■上流の測定結果では健康に影響なし

 SNSで拡散した動画では、帷子川の手すりの上に立っている男性が、周囲の歓声を受けながら川に飛び込んでいる。一方、この日の横浜駅付近では、多くの警察官が警備しているとの投稿もみられた。

 同日、横浜駅付近を警備していた戸部警察署の担当者は6日、帷子川付近を中心に「相当な人数で警戒していた」と取材に説明する。警備体制が敷かれた時間外に飛び込んだのは1人だという。「生命の危険があるので、飛び込むのはやめていただきたい」と注意喚起した。

 帷子川を飛び込むことによる健康への影響はどうなのか。横浜市のみどり環境局環境管理課の担当者は6日、横浜駅付近の帷子川よりも上流にある場所で測定した結果では、23年の2回の検査も24年の1回目の検査でも、健康に影響はないとしている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c6dc57fe89f6c3d7637728f39d1e5a15fdfbc999



(出典 Youtube)


【【悲報】DeNA優勝→横浜駅近くの汚い川に飛び込む 警察は「やめて」】の続きを読む

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